歴史年表
住吉大神の鎮座から1800年を迎える当社に関わる歴史について紹介します。
211年※ | 神功皇后摂政11年 | 神功皇后、住吉大神を住吉の地に鎮斎(帝王編年記) ※ 住吉大社鎮座伝承における神功皇后摂政十一辛卯年は『帝王編年記』によって推定される西暦を記載する。 実年代の表記については、学術的議論を含むものがあるが、以降の記事においてもこれに準じた |
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313年 | 仁徳天皇元年 | 仁徳天皇、難波高津宮に都を定め、この頃に住吉津が定められる (日本書紀) |
405年 | 履中天皇6年 | 鷲住王、住吉邑に居住の記事 (日本書紀) |
470年 | 雄略天皇14年 | 身狭村主青ら、呉国の使者と共に、手末才伎・漢織・呉織などを率いて、住江津に泊る (日本書紀) |
540年 | 欽明天皇元年 | 大伴金村、物部尾輿らに任那四県割譲の責任を問われ、政界を退き住吉の館に引き籠る (日本書紀) |
544年 | 欽明天皇5年 | 津守連己麻奴跪、遣百済使となる (日本書紀) |
607年 | 推古天皇15年 | 聖徳太子、小野妹子らを遣隋使として発遣 (日本書紀) |
630年 | 舒明天皇2年 | 第一次遣唐使の発遣 (日本書紀) |
642年 | 皇極天皇元年 | 津守連大海、遣高麗使となる (日本書紀) |
659年 | 斉明天皇5年 | 津守連吉祥、遣唐使となる (日本書紀) |
684年 | 天武天皇13年 | 津守連、宿禰姓を賜う (日本書紀) |
685年 | 天武天皇14年 | 天武天皇行幸、神田三十町を寄進 (伊呂波字類抄) |
692年 | 持統天皇6年 | 持統天皇、新羅の調を奉る (日本書紀) |
712年 | 和銅5年 | 『古事記』成立 |
717年 | 養老元年 | 津守宿禰池吉、第8次遣唐使の遣唐神主となる(津守氏系図) |
718年 | 養老2年 | 元正天皇行幸 (暦朝御参拝年表) |
720年 | 養老4年 | 『日本書紀』成立 |
724年 | 神亀元年 | 聖武天皇行幸 (続日本紀、伊呂波字類抄) |
729-49年 | 天平年間 | 神階 従三位 |
731年 | 天平3年 | 津守宿禰嶋麿・津守宿禰客人『住吉大社神代記』撰 (同奥書) |
749年 | 天平勝宝元年 | 住吉社造営記事の初見 (興福寺略年代記) |
758年 | 天平宝字2年 | 孝謙天皇、住吉大神の霊告によって住吉神宮寺を創建 (住吉勘文) |
769年 | 神護景雲3年 | 津守宿禰男足、渤海神主となる (松葉大記・津守氏系図) |
770年 | 宝亀元年 | 称徳天皇、使を遣して神教を住吉神に受ける (続日本紀) |
777年 | 宝亀8年 | 神階 正三位 (続日本紀) |
778年 | 宝亀9年 | 津守宿禰国麿、遣唐使主神となる (続日本紀) |
784年 | 延暦3年 | 神階 従二位 (続日本紀) |
789年 | 延暦8年 | 桓武天皇行幸 (帝王編年記) |
801年 | 延暦20年 | 住吉社神主に把笏がゆるされる (日本紀略) |
804年 | 延暦23年 | 桓武天皇行幸 (伊呂波字類抄) |
805年 | 延暦25年 | 神階 従一位 (日本後紀) 大同元年牒「神封二三九戸、摂津五〇・丹波一・播磨八二・安芸二〇・長門六六戸」(新抄格勅符抄) |
812年 | 弘仁3年 | 神祇官より、住吉・香取・鹿島三社は二十年を隔てて皆改造すべき旨あり |
834年 | 承和元年 | 嵯峨上皇行幸 |
850年 | 嘉祥3年 | 文徳天皇、八十嶋祭を行う ※八十島祭記事の初見 (文徳天皇実録) |
851年 | 嘉祥4年 | この年以前に、神階 正一位 |
857年 | 天安元年 | 文徳天皇行幸(墨江紀略) |
866年 | 貞観8年 | 清和天皇、十一僧を遣して金剛般若経三千巻・般若心経三万巻を転読させる (日本三代実録) |
898年 | 昌泰元年 | 宇多上皇行幸 (扶桑略記) 醍醐天皇、八十嶋祭を行う (日本紀略・江家次第) |
901年 | 延喜元年 | 津守寺の建立か (住吉神社文書・墨江紀略) |
904年 | 延喜4年 | 醍醐天皇行幸 (帝王編年記・仁寿鏡) |
905年 | 延喜5年 | 『古今和歌集』成立 |
907年 | 延喜7年 | 宇多上皇行幸 (西宮記) |
908年 | 延喜8年 | 醍醐天皇行幸 (帝王編年記・仁寿鏡・東寺五代記・立川年代記) |
927年 | 延長5年 | 『延喜式』成立 「摂津国住吉郡 住吉坐神社四座 並名神大 月次・相嘗・新嘗」 (延喜式) |
928年 | 延長6年 | 遷宮 (西宮記) |
933年 | 承平3年 | 朱雀天皇、八十嶋祭を行う (日本紀略・西宮記) |
935年 | 承平5年 | この頃、紀貫之『土佐日記』 ※住吉の記事あり |
937年 | 承平7年 | 僧明達、藤原純友の調伏のため住吉神宮寺にて祈祷 (元亨釈書) |
940年 | 天慶3年 | 藤原純友・平将門の兵乱により奉幣(日本紀略・師守記) |
947年 | 天暦元年 | 村上天皇、八十嶋祭を行う (日本紀略・貞信公記抄) |
968年 | 安和元年 | 源満仲、住吉社参籠して神託を受ける (摂州河辺郡多田院縁起) |
969年 | 安和2年 | 円融天皇、八十嶋祭を行う (日本紀略) |
986年 | 寛和2年 | 花山上皇行幸 (栄花物語・後拾遺集) |
1003年 | 長保5年 | 左大臣藤原道長、住吉社参詣 (日本紀略・百練抄) |
1004年 | 寛弘元年 | 住吉社神人五十余人、摂津守藤原説孝を訴えて、平安京東北端の陽明門に乱入 (御堂関白記) |
1008年 | 寛弘5年 | 紫式部『源氏物語』この頃までに成立 |
1013年 | 長和2年 | 三条天皇、八十嶋祭を行う (日本紀略・御堂関白記) |
1014年 | 長和3年 | 遷宮(日本略記) |
1018年 | 寛仁2年 | 後一条天皇、八十嶋祭を行う (小右記・左経記) |
1034年 | 長元7年 | 遷宮 (日本紀略) |
1037年 | 長暦元年 | 後朱雀天皇、八十嶋祭を行う (行親卿記) |
1048年 | 永承3年 | 後冷泉天皇行幸 |
1053年 | 天喜元年 | 住吉社焼亡 (百練抄) |
1069年 | 延久元年 | 後三条天皇、八十嶋祭を行う (江家次第) |
1073年 | 延久5年 | 後三条天皇行幸 (扶桑略記・梁塵秘抄・愚管抄) |
1081年 | 永保元年 | 白河天皇行幸 (経信卿記) |
1084年 | 応徳元年 | 神主津守国基、荘厳浄土寺を建立 (住吉相生物語・墨江紀略) |
1094年 | 嘉保元年 | 遷宮 (中右記) |
1100年 | 康和2年 | 住吉社神人、天王寺大衆と闘乱 (中右記) |
1103年 | 康和5年 | 堀河天皇、八十嶋祭を行う (殿暦) |
1109年 | 天仁2年 | 鳥羽天皇、八十嶋祭を行う (殿暦) |
1114年 | 永久2年 | 遷宮 (中右記・殿暦) |
1124年 | 天治元年 | 崇徳天皇、八十嶋祭を行う (中右記目録) |
1134年 | 長承3年 | 遷宮 (中右記) |
1143年 | 康治2年 | 近衛天皇、八十嶋祭を行う (台記・本朝世記) |
1152年 | 仁平2年 | 鳥羽上皇御幸 (五代帝王物語) |
1153年 | 仁平3年 | 遷宮 (本朝世紀) |
1157年 | 保元2年 | 後白河天皇、八十嶋祭を行う (兵範記) |
1160年 | 永暦元年 | 二条天皇、八十嶋祭を行う (山槐記) |
1165年 | 長寛3年 | 住吉社と天王寺が阿部野の堺をめぐって相論 (山塊記・百錬抄) |
1167年 | 仁安2年 | 六条天皇、八十嶋祭を行う (愚昧記・兵範記) |
1169年 | 嘉応元年 | 高倉天皇、八十嶋祭を行う (愚昧記・兵範記) |
1170年 | 嘉応2年 | 道因法師藤原敦頼ら、七十五番住吉社歌合 (古今著聞集・住吉社歌合) |
1171年 | 承安元年 | 後白河上皇、御幸 西行法師ら随行 (山家集・夫木集・西行物語絵詞) |
1174年 | 承安4年 | 遷宮 (顕広王記) |
1178年 | 治承2年 | 平清盛、住吉社に願文を奉る (山槐記) |
1179年 | 治承3年 | 島津忠久、住吉社頭にて誕生 (島津氏正統系図) |
1185年 | 文治元年 | 平家追討に際して、住吉社本殿より神鏑が西方を指して飛び去った旨、奏状あり (吾妻鏡) |
1187年 | 文治3年 | 住吉社と天王寺の争論 (玉葉集) |
1191年 | 建久2年 | 後鳥羽天皇、八十嶋祭を行う (百練抄・玉葉集) |
1194年 | 建久5年 | 遷宮 (玉葉集) |
1195年 | 建久6年 | 将軍源頼朝、梶原平三景時を使者として奉幣、神馬を献上 (吾妻鑑) |
1198年 | 建久9年 | 後鳥羽天皇行幸 |
1200年 | 正治2年 | 後鳥羽上皇御幸 (明題部類抄・増補和歌明題部類) |
1201年 | 建仁元年 | 土御門天皇・後鳥羽上皇行御幸、和歌御会を催す (明月記 皇年代略記 後鳥羽院熊野御幸記) |
1204年 | 元久元年 | 藤原定家の住吉社参篭、霊夢を感じ『明月記』を草す (毎月抄・消息書状) |
1205年 | 元久2年 | 土御門天皇、八十嶋祭を行う (百練抄) |
1208年 | 承元2年 | 後鳥羽上皇、住吉社歌合を催す (明月記) |
1209年 | 承元3年 | 将軍源実朝、夢想により和歌二十首詠進 (吾妻鑑) |
1214年 | 建保2年 | 遷宮 (百練抄) |
1220年 | 承久2年 | 順徳天皇、八十嶋祭を行う (仁和寺日次記・百練抄) |
1221年 | 承久3年 | 後鳥羽上皇御幸 (古今著聞集・津守氏系図) 神主津守経国、住吉に若松御所を造営 (津守氏系図) |
1224年 | 元仁元年 | 後堀河天皇、八十嶋祭を行う (明月記) |
1230年 | 寛喜2年 | 住吉社と天王寺と相論、闘争に及ぶ (明月記) |
1231年 | 寛喜3年 | 住吉社と天王寺と堺相論の評定あり (民経記) |
1232年 | 貞永元年 | 四条天皇、八十嶋祭を行う (続古今集) |
1234年 | 文暦元年 | 遷宮 (百練抄) |
1247年 | 宝治元年 | 後深草天皇行幸 (増鏡) |
1251年 | 建長3年 | 四条天皇行幸 (新後撰集・続後拾遺集) |
1253年 | 建長5年 | 後嵯峨上皇御幸 (後千載集) 遷宮 (松葉大記) |
1260年 | 文応元年 | 亀山天皇御幸 (松葉大記) |
1264-75年 | 文永年間 | 津守棟国『住吉太神宮諸神事次第』編纂 |
1274年 | 文永11年 | 遷宮 (文永代始公事抄) |
1284年 | 弘安7年 | 亀山上皇御幸 (一代要記・続史愚抄) |
1285年 | 弘安8年 | 亀山上皇御幸 (宝躬卿記・新千載集・新拾遺集・新続古今集・続千載集・続史愚抄) |
1294年 | 永仁2年 | 亀山上皇御幸 (津守氏系図) 遷宮(帝王編年記) |
1298年 | 永仁6年 | 亀山上皇御幸 (津守氏系図・新後拾遺集) |
1314年 | 正和3年 | 遷宮 (松葉大記) |
1324年 | 元亨4年 | 後宇多上皇、住吉社御歌合を行う (中園相国御集・新千載集・続後拾遺集) |
1333年 | 元弘3年 | 後醍醐天皇、住吉社造営料足として唐船より二十万疋を充てる (後醍醐天皇綸旨) |
1334年 | 建武元年 | 遷宮 (松葉大記) |
1336年 | 延元元年 | 将軍足利尊氏参詣 (松葉大記) |
1337年 | 延元2年 | 神主津守国夏、後醍醐天皇より御車を賜わる (松葉大記) |
1347年 | 正平2年 | 住吉・天王寺の戦 (太平記、師守記) |
1352年 | 正平7年 | 後村上天皇行幸、神主津守国夏の館を行在所とする (太平記・園太暦・続史愚抄) 神主津守国夏、正三位に叙される (津守氏系図) |
1354年 | 正平9年 | 遷宮 (松葉大記) |
1360年 | 正平15年 | 後村上天皇行幸 (太平記・新葉集・鳩嶺雑事記・花営三代記) この年より八年あまり住吉を行宮とする |
1364年 | 正平19年 | 将軍足利義詮、住吉社参詣 (住吉神社文書) |
1368年 | 正平23年 | 後村上天皇、住吉行宮にて崩御 (太平記・花営三代記) 長慶天皇、住吉行宮にて即位 (皇代記) |
1374年 | 文中3年 | 遷宮 (師守記、続史愚抄) |
1388年 | 元中5年 | 将軍足利義満、参詣 (松葉大記) 幕府、摂津和泉住人が住吉社神人と称して荏胡麻の専売をすることを禁ず (離宮八幡文書) |
1394年 | 応永元年 | 遷宮 (松葉大記) |
1413年 | 応永20年 | 遷宮 (水無瀬文書) |
1434年 | 永享6年 | 遷宮 (師卿記) |
1446年 | 文安3年 | 住吉社造営 (文安三年八月当社造営日記) |
1449年 | 文安6年 | 松月庵正徹、住吉社頭に参籠し百首和歌 (百首和歌奥書) |
1467年 | 応仁元年 | 神殿と神宮寺に凶賊が放火、被害は少なく炎上せず (松葉大記) |
1469年 | 文明元年 | 一休和尚、住吉に移り庵をむすぶ (一休和尚年譜) |
1471年 | 文明3年 | 遷宮 (住吉社再建願手続始末書上帳) |
1493年 | 明応2年 | 権神主津守国則、遊佐氏と姻戚にあったため上原元秀に撃たれる (後法興院記) 白洲弥次郎の放火によって本殿・末社・神宮寺などが火災に遭う (松葉大記) |
1517年 | 永正14年 | 遷宮 (松葉大記) |
1521年 | 大永元年 | 実硯庵、住吉法楽千句連歌両吟の興行 (実隆公記) |
1542年 | 天文11年 | 遷宮 (松葉大記) |
1561年 | 永禄4年 | ルイス・フロイス『日本史』に住吉祭の見聞記録あり |
1576年 | 天正4年 | 本願寺勢が神殿に放火 (言継卿記) |
1578年 | 天正6年 | 織田信長、社家宅にて宿泊 (信長公記) |
1588年 | 天正16年 | 豊臣秀吉、大政所の延命治病を祈願 (住吉大社文書) |
1594年 | 文禄3年 | 豊臣秀吉、住吉郷内の二千六十石を神領と定める (住吉大社文書) |
1602年 | 慶長7年 | 豊臣秀頼、住吉社に所願成就を祈り一万句連歌を興行 (当代記) |
1606年 | 慶長11年 | 遷宮 (津守家盛記) |
1614年 | 慶長19年 | 大坂冬の陣、将軍徳川家康は住吉社神主宅を本陣とする (台徳院殿御宝紀) |
1615年 | 元和元年 | 大阪城方大野道犬、住吉社・正印殿や民家に放火 (駿府記、松葉大記) |
1617年 | 元和3年 | 遷宮 (和漢三才図会、摂陽奇観) |
1623年 | 元和9年 | 将軍徳川秀忠・家光、住吉社参詣 (松葉大記) |
1655年 | 明暦元年 | 遷宮 (松葉大記) |
1663年 | 寛文3年 | 神主津守国治、法橋如慶(土佐廣通)に住吉大神社繪所証文を出す (住吉家伝来記録類) |
1672年 | 寛文12年 | 後水尾上皇、勅によって国治神主の津守系図を奉覧させる (津守氏系図) |
1673-81年 | 延宝年間 | 霊元天皇、勅諚により住吉のわすれ草を献上させる (摂陽奇観・摂津名所図会大成) |
1684年 | 貞享元年 | 井原西鶴、住吉社頭にて大矢数俳諧二万三千五百句を独吟(大矢数俳諧) |
1688-1704年 | 元禄年間 | この頃に梅園惟朝『住吉松葉大記』編著 |
1690年 | 元禄3年 | 堺開口神社念仏寺、『大寺縁起』三巻成る |
1694年 | 元禄7年 | 松尾芭蕉、升之市に参詣「升かふて分別替る月見哉」 (摂津名所図会) |
1704年 | 宝永元年 | 住吉と堺の間に新大和川が掘削される (摂陽奇観) |
1709年 | 宝永6年 | 遷宮 (摂州住吉社御造営記) |
1717年 | 享保2年 | 『住吉名所鑑』刊 |
1718年 | 享保3年 | 『墨江紀略』刊 |
1723年 | 享保8年 | 住吉御文庫の建立発願 (御文庫建立之図) |
1727年 | 享保12年 | 住友友昌、住吉社に石燈籠を奉納 以後、歴代住友家が石燈籠の寄進あり |
1758年 | 宝暦8年 | 遷宮 (宝暦正遷宮記) |
1786年 | 天明6年 | 俳人加部仲塗と妻吉女、大伴大江丸とはかり松苗勧進を開始 (松苗集) |
1794年 | 寛政6年 | 『住吉名勝図会』(秋里舜福撰、岡田玉山画)刊 |
1798年 | 寛政10年 | 『摂津名所図会』(秋里籬島著、竹原春朝斎ほか画)刊 |
1802年 | 享和2年 | 大田南畝(蜀山人)、医家蕪坊と住吉社頭の茶屋にて狂歌を書きつける (住吉紀行) 曲亭馬琴の住吉社参 (羇旅漫録) 享和の大火、住吉社焼失 (摂陽奇観) |
1803年 | 享和3年 | 光格天皇、昨冬住吉社焼失により奉幣使発遣、神主津守国禮に末廣を下賜 (摂陽奇観・摂津名所図会大成) |
1809年 | 文化6年 | 十返舎一九『東海道中膝栗毛』八編下の初刷、住吉にて完結する |
1810年 | 文化7年 | 遷宮 (摂陽奇観) |
1844年 | 弘化元年 | 前神主津守国礼、正三位に叙される (津守家譜) |
1842年 | 天保13年 | 大坂城代、幕命により住吉社の分霊を戴き、天保山(目印山)に住吉神社を創祀 |
1854年 | 安政元年 | 安政の東南海地震 (末代噺の種) |
1858年 | 安政5年 | 孝明天皇、勅して国難防護・天下泰平のため神主津守国美に浜祈祷を修させる (住吉神社記録) |
1864年 | 元治元年 | 将軍徳川家茂、住吉社参詣 (住吉神社明細書) |
1865年 | 慶応元年 | 前神主津守国福、正三位に叙される (津守家譜) |
―――明治以後――― | ||
1868年 | 明治元年 | 明治天皇行幸、神主津守国美の居館を行在所とする 大和川の堤が切れて住吉新家の大洪水 |
1871年 | 明治4年 | 社寺領上地令の公布 官幣大社に列格 |
1872年 | 明治5年 | 生根神社・大依羅神社・山坂神社・若松神社などが住吉社より独立 正印殿を用いて小学校会議所(後の墨江小学校)が開校 |
1873年 | 明治6年 | 神仏分離にともない神宮寺の伽藍が取り壊される 住吉郡第二区公園地に定められ、境内地一円が公園地となる |
1875年 | 明治8年 | 旧境内地二十二町三反八畝一歩の内、二町一反一畝を境内地と定める 境内地五町八反九畝歩となる |
1877年 | 明治10年 | 明治天皇行幸 |
1878年 | 明治11年 | 新町廓、御田植神事の植女の儀を再興 |
1878-79年 | 明治11・12年 | 遷宮 |
1885年 | 明治18年 | 南海電鉄、難波―住吉―大和川間を開通 |
1887年 | 明治20年 | 昭憲皇后行啓 |
1897年 | 明治31年 | 宝之市神事の再興 |
1899年 | 明治32年 | 高野鉄道 道頓堀駅(現汐見橋)―大小路駅(現堺東)が開通 |
1901年 | 明治34年 | 遷宮 |
1902年 | 明治35年 | 住吉神社本殿、古社寺保存法により国宝指定 |
1903年 | 明治36年 | 住吉公園に大鳥居建立 |
1906-7年 | 明治39・40年 | 遷宮 |
1910年 | 明治43年 | 上町線、天王寺西門前―住吉神社間が開通 |
1922年 | 大正11年 | 貞明皇后行啓 |
1925年 | 大正14年 | 住吉村、大阪市に編入 |
1929年 | 昭和4年 | 夏越祓神事の再興 |
1931年 | 昭和6年 | 境域風致改善工事の竣功 |
1934年 | 昭和9年 | 室戸台風により境内各所に被害あり |
1936年 | 昭和11年 | 遷宮 |
1937年 | 昭和12年 | 風水害復旧工事の竣功 |
1938年 | 昭和13年 | 御結鎮神事の再興 住吉行宮跡、大阪府の史跡に指定 |
1939年 | 昭和14年 | 住吉行宮跡、国の史跡に指定 |
1940年 | 昭和15年 | 李垠王・同方子妃、御参拝 |
1944年 | 昭和19年 | 南海地震、住吉公園の大鳥居が倒壊 |
1945年 | 昭和20年 | 進駐軍の神道指令 |
1948年 | 昭和23年 | 川端康成、短編小説『反橋』を発表 |
1950年 | 昭和25年 | ジェーン台風、境内や末社に被害あり 太刀「守家」銘、重要文化財に指定 |
1951年 | 昭和26年 | 御鎮座1750年祭 |
1952年 | 昭和27年 | 御田植神事、無形文化財に指定 神社本庁の包括法人となる |
1953年 | 昭和28年 | 住吉大社本殿四棟、国宝に指定 |
1954年 | 昭和29年 | 『住吉大社神代記』、重要文化財に指定 |
1960年 | 昭和35年 | 刀剣「小野繁慶」銘、重要文化財に指定 |
1961年 | 昭和36年 | 遷宮、昭和天皇勅使の参向 |
1964年 | 昭和39年 | 摂社大海神社本殿一棟、重要文化財に指定 |
1968年 | 昭和43年 | 楽面「綾切」「抜頭」「貴徳番子」「皇仁庭」「秦王」「納曽利」、重要文化財に指定 境内樹木のクスノキ三本、カイヅカイブキ、ムクノキ、大阪市保存樹に指定 |
1970年 | 昭和45年 | 昭和天皇皇后、行幸啓 |
1971年 | 昭和46年 | 太刀「国輝」銘、刀「治国」銘を大阪府指定有形文化財に指定 |
1972年 | 昭和47年 | 夏越祓神事、大阪府民俗文化財に指定 住吉神宮寺跡、大阪市顕彰史跡に指定 |
1974年 | 昭和49年 | 南門・東楽所・西楽所・石舞台の四棟、重要文化財に指定 |
1978年 | 昭和53年 | 太刀「有続」銘(陰陽刀)、剣「吉道」銘、大阪府指定有形文化財に指定 |
1979年 | 昭和54年 | 御田植神事、国の重要無形民俗文化財に指定 |
1981年 | 昭和56年 | 御鎮座1770年式年大祭 |
1982年 | 昭和57年 | 堺大魚夜市の再興 |
1984年 | 昭和59年 | 火縄銃「野田善清尭」銘、大阪府指定有形文化財に指定 |
1986年 | 昭和61年 | 住吉ゆかりの花「卯の花苑」の造成 |
1989年 | 平成元年 | 大阪みどり百選に「住吉大社と太鼓橋」を選定 |
1991年 | 平成3年 | 遷宮、御鎮座1780年式年祭 |
1995年 | 平成7年 | 阪神大震災、石燈籠など倒壊・破損あり |
1996年 | 平成8年 | 宝之市神事、「升の市」の復活 |
1997年 | 平成9年 | 末社浅澤神社、かきつばた苑の造成 |
1999年 | 平成11年 | 南高蔵・北高蔵・招魂社本殿・住吉松葉大記、大阪府有形文化財に指定 |
2001年 | 平成13年 | 御鎮座1790年祭 住吉大社境内、大阪市指定文化財の史跡に指定 |
2003年 | 平成15年 | 住吉大社、大阪市指定景観形成物に選定 |
2005年 | 平成17年 | 住吉祭、人力による神輿奉舁が四十五年ぶりに復活 |
2006年 | 平成18年 | 住吉祭、大和川における神輿の川渡り再興 神館、国の登録文化財に選定 |
2007年 | 平成19年 | 住吉大社・住吉公園、「美しい日本の歴史的風土百選」に選定 日中交流1400年記念国際シンポジウム「住吉津より波濤を越えて」開催 |
2008年 | 平成20年 | 源氏物語千年紀記念「住吉能」開催 |
2009年 | 平成21年 | 遷宮 「住吉大社」「住吉祭」「御田植神事」「初辰まいり」、大阪ミュージアム登録物に認定 |
2010年 | 平成22年 | 特別展「住吉さん―住吉大社1800年の歴史と美術―」開催(大阪市立美術館) |
2010年 | 平成22年 | 第一本宮渡殿及び幣殿・第二本宮渡殿及び幣殿・第三本宮渡殿及び幣殿・第四本宮渡殿及び幣殿・摂社大海神社渡殿及び幣殿・摂社大海神社西門・南高蔵・北高蔵・末社招魂社本殿(旧護摩堂)・住吉松葉大記、重要文化財に指定 |
2011年 | 平成23年 | 御鎮座1800年記念大祭 |
遷宮年表
いにしえより続く住吉大社の式年遷宮の歴史について紹介します。
住吉大社遷宮の記録は「天平勝宝元年造住吉社」(興福寺年代記)とあるのが初見であり、次いで「延長6年 今年住吉 遷宮」(扶桑略記)「長和3年中略今年住吉社遷宮」(日本紀略)と見えますが、弘仁、延喜当時20年一度の遷宮が「積習」となっていましたので「天平勝宝元年」を記録による第1回とすれば、延長6年まで10回を数え、さらに長和3年まで4回を数えることができます。
以後、平安鎌倉時代を通じ室町時代の永享6年(後花園天皇)まで20年一度の遷宮は厳重に守られたことが記録に明瞭であります。
第1回 | 749年 | 天平勝宝元年 | 興福寺年代記 |
---|---|---|---|
第10回 | 928年 | 延長6年 | 貞信公記抄・扶桑略記裡書 |
第14回 | 1014年 | 長和3年 | 日本記略 |
第15回 | 1034年 | 長元7年 | 日本記略 |
第16回 | 1053年 | 天喜元年 | 百錬抄 |
第17回 | 1074年 | 承保元年 | 永昌記 |
第18回 | 1094年 | 嘉保元年 | 中右記 |
第19回 | 1114年 | 永久2年 | 中右記 |
第20回 | 1134年 | 長承3年 | 中右記 |
第21回 | 1153年 | 仁平3年 | 本朝世紀 |
第22回 | 1174年 | 承安4年 | 顕広王記 |
第23回 | 1194年 | 建久5年 | 和漢合符 |
第24回 | 1214年 | 建保2年 | 百錬抄 |
第25回 | 1234年 | 文暦元年 | 百錬抄 |
第26回 | 1253年 | 建長5年 | 永享6年8月記・続古今和歌集 |
第27回 | 1274年 | 文永11年 | 文永代始公事抄 |
第28回 | 1294年 | 永仁2年 | 帝王編年記 |
第29回 | 1314年 | 正和3年 | 花園天皇宸記 |
第30回 | 1334年 | 建永元年 | 永享6年8月記 |
第31回 | 1354年 | 正平9年 | 永享6年8月記 |
第32回 | 1374年 | 文中3年 | 師守記・永享6年8月記 |
第33回 | 1394年 | 応永元年 | 東寺百合文書・永享6年8月記 |
第34回 | 1413年 | 応永20年 | 水無瀬文書 |
第35回 | 1434年 | 永享6年 | 師卿記・永享6年8月記 |
第36回 | 1517年 | 永正14年 | 津守則氏御殿修理日記 |
第37回 | 1542年 | 天文11年 | 住吉神社旧記 |
第38回 | 1606年 | 慶長11年 | 慶長11年津守家盛記 |
第39回 | 1617年 | 元和3年 | 松葉大記 |
第40回 | 1655年 | 明暦元年 | 棟札 |
第41回 | 1709年 | 宝永6年 | 宝永5年御造営記所引棟札 |
第42回 | 1758年 | 宝暦8年 | 摂陽奇観 |
第43回 | 1810年 | 文化7年 | 摂陽奇観 |
第44回 | 1878、9年 | 明治11、12年 | 住吉大社文書 |
第45回 | 1901~7年 | 明治34年~40年 | 同 |
第46回 | 1936年 | 昭和11年 | 同 |
第47回 | 1961年 | 昭和36年 | 同 |
第48回 | 1991年 | 平成3年 | 同 |
第49回 | 2011年 | 平成23年 | 同 |